はじめに — 「市場調査をしろ」と言われたが予算がない
経営企画部で新規事業を担当している方からの相談で最も多いのが、このパターンだ。
「上司から『市場調査をしてこい』と言われたんですが、大手コンサルに頼む予算はない。自分でやるしかないんですが、何から手をつければいいか分からない」
大手コンサルティングファームの市場調査は、確かに精度が高い。しかし数百万〜数千万円の費用がかかる。新規事業の初期段階で、仮説検証のために毎回そこまで投資するのは現実的ではない。
本記事では、お金をかけずに公開情報から市場を読み解く「デスクリサーチ」の実践方法を解説する。筆者がMONO InvestmentのIR分析や、ビットキーの中期計画策定の中で培ったリサーチ手法のエッセンスを共有したい。
デスクリサーチで分かること・分からないこと
まず前提を整理しておく。デスクリサーチには限界がある。
分かること:
- 市場規模の概算(TAM/SAM/SOM)
- 業界トレンドと成長率
- 主要プレイヤーとシェア構造
- 規制・法規制の動向
- 顧客の課題感(口コミ・Q&Aサイトから推測)
分からないこと:
- 顧客の購買意思決定プロセスの詳細
- 未顕在化したニーズ
- 価格感度(いくらなら買うか)
- 競合の内部事情(非公開情報)
デスクリサーチで「大枠の仮説」を作り、その後にインタビューやアンケートで検証する——この流れが最も費用対効果が高い。
デスクリサーチの5ステップ
ステップ1:調査目的と仮説を先に立てる
最も多い失敗は「とりあえず情報を集めよう」と始めること。目的なく調べると、情報の海で溺れる。
やるべきこと:
調査を始める前に、以下の3つを明文化する。
- 調査目的:この調査で何を判断したいのか(例:参入すべきか否か)
- 仮説:現時点で自分はどう考えているか(例:この市場は年10%成長しており、参入余地がある)
- 必要な情報:仮説を検証するために何が分かればいいか(例:市場規模、競合数、参入障壁)
ステップ2:市場規模を推計する
市場規模の推計は、新規事業判断の基盤となる。
情報源:
| 情報源 | 特徴 | URL例 |
|---|---|---|
| 経済産業省 統計 | 産業別の生産額・出荷額 | e-Stat |
| 矢野経済研究所 | 業界別市場規模レポート(一部無料) | yano.co.jp |
| 富士経済・富士キメラ総研 | 技術・製品別の市場予測 | fuji-keizai.co.jp |
| 業界団体 | 会員数、出荷統計等 | 各団体サイト |
| 総務省 家計調査 | 消費者支出データ | stat.go.jp |
市場規模がピンポイントで見つからないときの推計方法:
フェルミ推定を活用する。
例:法人向けAI文書作成ツールの市場規模
日本の法人数(約400万社)
× ホワイトカラー比率(約50%)
× うちAIツール導入可能性がある企業(約10%)
× 年間ライセンス費用(約50万円)
= 約1兆円(TAM)
実際にアプローチ可能な中堅企業に絞ると
約20万社 × 50万円 = 約1,000億円(SAM)
精度は荒いが、桁感を掴むには十分だ。
ステップ3:業界構造とプレイヤーを把握する
情報源:
- 業界地図(東洋経済) — 業界の全体像を俯瞰
- 上場企業のIR資料 — セグメント情報から事業構造を理解
- 特許情報(J-PlatPat) — 技術面の競争状況
- M&A情報(MARR Online等) — 業界再編の動向
分析の視点:
- バリューチェーンのどこに利益が集中しているか
- 新規参入者はどこから入ってきているか
- デジタル化・DXでバリューチェーンのどこが変わりつつあるか
ステップ4:顧客の課題感を把握する
お金をかけずに「顧客の声」を拾う方法がある。
情報源:
- Yahoo!知恵袋・教えて!goo — 一般消費者の悩みが生の言葉で書かれている
- Twitter / X — 業界関係者のリアルな声
- Googleサジェスト・関連検索 — 検索者の関心事項
- Amazon / 楽天のレビュー — 既存製品への不満=ニーズのヒント
- 展示会レポート — 来場者アンケート結果が公開されていることがある
筆者がメガバンク系証券への記事提供のためにリサーチしていた際、IR資料だけでなくSNSでの業界関係者の投稿を追うことで、公式発表とは異なる「現場の温度感」を掴めることが多かった。
ステップ5:調査結果を事業判断に落とし込む
集めた情報をそのまま上司に報告しても「で、結論は?」と言われる。
事業判断に必要な整理フレーム:
| 評価項目 | 判断基準 | 調査結果 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 市場規模 | SAM 100億円以上 | 約500億円 | ◎ |
| 成長率 | 年5%以上 | 年8% | ○ |
| 競合状況 | 寡占されていない | 上位3社で60% | △ |
| 参入障壁 | 技術的障壁が低い | 特許で一部ブロック | △ |
| 顧客課題 | 明確な未充足ニーズ | コスト削減ニーズ大 | ○ |
総合判断の書き方例:
市場規模・成長性は十分だが、上位プレイヤーのシェアが高く、正面から戦うのは困難。ニッチセグメント(中小製造業向け)に特化すれば参入余地あり。まずはMVPで仮説検証すべき。
デスクリサーチでよくある失敗
「きれいなレポート」を作ることが目的になる
ある支援先で、3ヶ月かけて50ページの市場調査レポートを作成したが、結局そのレポートに基づいて何も意思決定されなかった。調査の目的は「判断すること」であり、「レポートを作ること」ではない。
筆者は「調査は1週間、判断は1日」をモットーにしている。完璧な調査を追求するよりも、70%の精度で仮説を立てて動き出す方が、最終的な成功確率は高い。
実務者として一言
市場調査は「答えを見つける」プロセスではなく「仮説を磨く」プロセスだ。
デスクリサーチで得られるのは「仮説を支持する情報」か「仮説を否定する情報」であり、それ自体が「参入すべきかどうか」を教えてくれるわけではない。最終的な判断は、調査結果を踏まえた上での経営者の意思決定だ。
まずは「自分はこう思っている」という仮説を立てて、それを裏付ける(または覆す)情報を3日で集めてみてほしい。それだけで、上司への報告の質が劇的に変わるはずだ。
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